星座石って知っていますか?誕生石との違いとは?

星座石って知っていますか?

星座石という言葉を聞いたコトはありますか?
誕生石という言葉は知っていても、「星座石って何?」という方のほうが
多いのではないでしょうか?

何か宝石を身につけるといった場合に、日本では誕生石を身につける人が多いと
思いますが、ヨーロッパではむしろ星座石を身につける方がポピュラーなようです。

ココでは星座石と、星座石と密接な関係にある西洋占星術の歴史について
基本的なトコロをご紹介します。

1.星座石とは

1)星座石と誕生石の違いって何?

 

誕生石と考え方は同じようなモノです。
自分の生まれた日に相当する星座(牡牛座とか蠍座、山羊座など)と結びついている宝石のコトです。

西洋占星術の考え方では、12の星座ごとに支配・守護されている惑星があり、その惑星には性格や色が設定されています。

長い歴史と、占星術師の考え方によって、その色を基にして星座石(守護石)が選ばれてきました。

誕生石は各月に1ケ~3ケほどしかありませんが、星座石は各星座ごとにもっと多くの石があります。
また誕生石より比較的安価に手に入る石も多くありますので、自分に合う石や購入する石を選ぶ選択肢も多くなっています。

 

2)星座石 2通りの考え方・身に付け方

持ち方や身に付け方には二通りの考え方・方法があります。
誕生石についての考え方、身に付け方と基本的には同じ考え方になります。

 

一つ目は
①自分の星座の星座石を、1年を通してずっと持つ!

自分の星座の守護石を常に持っていると、災いから身を守り幸せになれますよ!
1年中、ずっと同じ石を身につけていると良い事が起きますよ!
という、考え方です。

二つ目は
②各星座期間に相当するその星座石を、その星座期間ごとに持ち変える!

・各星座期間ごとに力が増す石、その星座を象徴する守護石があるのでその星座石を持っていると、災いから身を守り、幸せになれますよ!
・その期間には、運気が下がるコトがありますが、この石を持っているとその下がる運気をカバーしてくれますよ!
・このようにその星座期間ごとに持つ石を変えて、幸運を引き寄せましょう!
という、考え方。

この2つの考え方・持ち方ですが、いかがでしょうか?

もともとは②の考え方の、その星座期間ごとに持ち変える方が主流です。
というか、もともとの本筋の考え方です。
ご自身にしっくりくる方法で、お試し下さい。

2.星座石と西洋占星術

星座石はそれぞれ12星座に対応して結びついていますが、そもそもその「星座」の起源について知っていますか?
また星座は西洋占星術と非常に密接な関係を持っています。
西洋占星術の起源・歴史は古すぎて、はっきりとしたコトは未だに解明されていませんがざっくりと説明致します。

1)星座とは?

夜空には無限に広がる星空が広がっています。
その見かけ上の位置により星と星とを結んで、神話に登場する神々や人物、動物や道具などに見立てて作られ識別されたモノが星座です。

16世紀くらいまでは48星座というのが基本でした。(ギリシャの天文学者:プトレマイオスが整理したモノで、「トレミーの48星座」と呼ばれています。トレミーはプトレマイオスの英語名です。)
しかし16世紀頃より、遠洋航海が盛んになったり、望遠鏡の発明があったりとどんどん星座が増えていき、130ケほどにもなりました。

国際天文学連合(IAU)でも問題となり、無理なこじつけや国際的に通用していないなど様々な不都合が出てきていたので、1922年にオランダのデルポルトを委員長とする小委員会が組織され、星座の名前、星座同士の境界線や領域などについて整理され
1930年に88ケの星座にまとめられました。
現在では新しい彗星などが発見されると「★★座にて出現」という風に星空の住所の様な使われ方をしています。

2)星座の起源と占星術の歴史

占星術はAstrology(アストロロジー)と言います。

Astro(天体) + Logy(学問)

占星術とは・・・
「ある地点での天体の運行状態を図式化(ホロスコープ)したモノを使い様々なコトを読み解き占う学問」

それでは星座の起源と占星術の歴史をザックリと説明します。

●占星術のはじまり

「星座」の起源は紀元前3000年頃と言われています。単純に今から5000年前ですね!
場所は世界4大古代文明と言われる、メソポタミア文明の起こった地、チグリス川、ユーフラテス川の周辺だと言われています。(現在のイラク付近)

この頃突如現れたと言われるシュメール人がいました。(メソポタミア文明初期)
シュメール人は60進法、太陰暦、くさび形文字などを発明し、また天文学の知識もあったといいます。

星は季節の移り変わりや、方角を知る上で非常に重要ですから、自然と関心は星空に向かっていたのだと思います。

農業も始まっていましたので種まきや刈り入れの時期はとても重要です!そんななか羊飼い達が星空を見上げ、動物や英雄を星々を使って表わしました。これが星座の起源だと言われています。

星の配置などを見て、またその時期に起きた自然現象などを予兆として結びつけていく、初歩的な占いが行われていたようです。

紀元前1100年頃にカルディア人と呼ばれる人達が登場します。
紀元前600年前後頃にカルディア王国(新バビロニア王国)を繁栄させますが、彼らは天文学や数学、医学の知的水準が非常に高く、現代までにも続く知識を残しています。

1年が12カ月、1週間は7日、1日は24時間、角度の1周は360度などの現在の常識はこのカルディア人が発明しました。

占星術由来のモノとしても、4つのエレメントや黄道12宮、カルディアンオーダーと呼ばれる惑星の並び順なども発明しています。
先のシュメール文明の初歩的な占いから、更に発展していきます。

様々な自然現象を実際に起きた事象と結びつけ、膨大なデータとして記録し、蓄積していきました。
(例えば日食が起きたその後に、洪水が起きた。だから洪水の予兆として日食が起きるというデータを粘土板に記録し、次の世代へと引き継ぐ。)

このような様々な予兆に関するデータと、天文学的なデータが結びついて後の占星術の母胎となるものが誕生したと考えられます。

特に太陽や月や惑星が、常に天の一定の道を通るコトに着目し、「黄道」を考え出しました。
そして黄道12宮を設定します。
これは西洋占星術の12星座の元になっています。こうして現代の占星術の材料はこの時代に創られました。

●占星術の基礎が出来る

バビロニアで発達した初期の占星術は、その後ギリシャに伝わり形成期を迎えます。
紀元前330年頃、アレキサンダー大王がギリシャを統一し、エジプトを含む近隣諸国を征服しました。

そこでギリシャの植民地となったエジプトのアレクサンドリアを中心にヘレニズム文化が起こります。

このアレクサンドリアでヘレニズム占星術が発達していきました。
ここではバビロニアに由来する黄道と惑星に基づく関連性や当時のギリシャの思想、プラトンによる惑星の神性、アリストテレスの地球中心のコスモロジーなどの様々な影響が加わり発達していったのではないかと考えられています。

起源前1世紀頃までには、惑星、サイン、ハウスといった現代の占星術の基本的な要素をもとにしたホロスコープ占星術が確立されたのです。(占星術理論はまだ流動的で、それぞれ自分のやり方を自由に発展させていく状況。)

紀元前 30年以後、アレクサンドリアはローマの支配下となります。

占星術が宮廷で使われ、様々な政治的意図で利用されるようになっていました。
占星術に関する多数の著作が現れることになりますが、なかでもアレクサンドリアの地理学者・天文学者であるクラウディウス・プトレマイオスによる「テトラビブロス(Tetrabiblos)」は、後世にまで非常に長く影響を与えることになります。

●占星術の迫害と衰退

コンスタンティヌス帝が、312年にキリスト教に改宗してから、ローマ帝国はキリスト教化していきます。
そしてその後、キリスト教が公認の宗教となり、その権力が確立されると、今度は教会による占星術への攻撃が始まります。
こうした教会による攻撃によって、5 世紀以降、占星術に関しての動きはほとんどありません。
このまま500年から600年ほど衰退していきます。

●占星術の復興期

12世紀に入ると占星術は再び学問的地位を取り戻します。
アラビア語やギリシャ語の占星術の著作物が次々とラテン語へと翻訳され、芸術復興の名の下に学問として研究されます。

先に説明したクラウディウス・プトレマイオスの「テトラビブロス」も翻訳されています。

こうして衰退していた占星術がヨーロッパにおいて学問的地位を取り戻していきました。
古代ギリシャでかつて発展していた学問を復興しようという流れは16世紀くらいまで続き、占星術も大きく発展しました。

●再び衰退する時代へ(天文学と占星術の分離)

17世紀に入ると再び占星術は衰退の時代へと突入します。
この時期にいわゆる「科学革命」が起きました。

コペルニクスを代表とする科学者達が、占星術の基盤となっている宇宙観を覆していったのです。

占星術はもともと地球を中心に世界・宇宙が回っているというアリストテレス的な宇宙観が基盤です。

このそもそもの根拠となっている部分からの否定により(天動説から地動説へ)、次第に過去の遺物となっていきました。

こうして科学的な学問としての地位はなくなりましたが、大衆向けの占いとして細々と18世紀を生き延びていきます。

●占星術・再び復興へ

19世紀に入り、学問的ではなく大衆向けでしたが少しずつ復興を果たします。
ウィリアム・フレデリック・アレン(ペンネーム:アラン・レオ)はモダン・アストロロジー・パブリッッシングというオカルト本の出版社を設立し、大衆向け占星術の普及に大きく貢献します。

また未来を予知する為のモノだった占星術を心理学的なモノへと変化させ、その後の占星術の方向性へ大きな影響を与えました。

20世紀に入ると大手出版社からも占星術に関する書籍を出版し始めますし、多くの新聞に占星術による占いが掲載され始めます。

20世紀の前半において占星術の理論は多様化していき、現在まで続く様々な占星術が生まれています。
1970年代になると、自己成長や自己探求の側面を強め、あらゆるメディアにも進出し、新しい地位を獲得しています。

 

3.まとめ

西洋占星術では12星座は七星(惑星)に影響を受け、支配・守護されているという考えにたっています。
そして守護惑星には性格や色があります。

神格化された七惑星にそれぞれの意味を持たせた宝石が捧げられるようになりました。
古代には鉱物の元素や組成は分りませんでしたので、色彩が重要視され、惑星のイメージに合わせた色の石が、その惑星を象徴する色として、そして星座石の基になりました。

数千年前から始まったという長い歴史と共に占星術も様々な考え方や流派が出来ました。

また新しい宝石も次々と発見され、当時の占星術師による解釈により星座石に追加されていきます。
明確に、また正式に決まっている星座石というモノはありませんが、私が理解している一般的な星座石を挙げておきます。

参考にして下さい。
(新しく天王星・海王星・冥王星が発見され、追加され十惑星とする説もあります。)

1)12星座の星座石まとめ

 

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